仲江孝丸活動メモ
 
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 7月31日 追い込み

  福竜丸建造70年歴史展の開幕を明日に控え、資料展示を行うが、朝から議会広報特別委員会、午後から文教厚生常任委員会があり、時間をとられ、思うようにレイアウトが進まず、没になる史料や不足している史料があり、夕方まで粘ったが、晩酌タイムに突入したので、残りは宿題となる。

 今回のコンセプトは福竜丸建造時の古座・西向を再現することと、ビキニ事件をきっかけに住民運動が広がり、今なお核兵器は廃止にならないものの、核の傘に頼る国家の考えと純粋に核兵器廃絶を願う国民や自治体の考えのギャップの中で、着実に市民運動が前進をしていることに脚光を当てるところにある。

 7月30日 草刈り

 朝の涼しいうちにと田原堂道の遊歩道(大辺路)の草刈りに出かける。2時間ほどかけておよそ700mの距離を刈る。満タンにした燃料と500ミリℓのお茶が無くなるころ合いに作業が終了。

 午後から集金に回っていたら古座の旧漁協に読者の車が停まっている。イワシの目にいるなと思って覗いてみたらなんとジャズライブの真っ最中。そのまま最後まで見る羽目に。

 7月29日 交渉

 姫区4役と働く隊の賃金交渉が行われ、今回は発注者側の会計として参加する。姫区では区有地の管理(主に草刈り)を区民と区の役員で行ってきたが、高齢化が進んで大変になってきたので、区の中に働く隊を組織して、コメリ及び弘法湯周辺と寺や墓や川の草刈りを委託している。

 今年度施工面積を拡大したのに、予算額は昨年並みであったために発注が遅れ、さらに話をややこしくした。予定より30分遅れで始まった話し合いは複雑にもつれ合い、ほどくのが大変で、2時間余りかかって合意に達した。

 7月28日 新曲製作中

 福竜丸歴史展の開催まであと僅かになって、展示物の製作が思うように進まず、しょぼいものになりそうなので、急きょ動画を用意する。

 さて表題だが、南紀熊野ジオパークの歌を夏までに作ると一部で宣言した。歌なんてものはプレッシャーを自分にかけないと作れない。歴史展の準備で忙しく、新聞の集金もしなければならない、新聞拡大も急かされているこんな時だからこそ、ハイテンションになって歌の創作意欲も湧いてきて、一気に歌は出来た!

 さて、しかし問題はここからで、譜面をかけない私はレコーディングして残さなければ、生歌以外はほかの人に伝えることはできない。デジタルレコーダーは橋杭岩ジオサイトを録音して以来使っていないので、使い方を思い出すまでしばらく時間がかかりそうである。多重録音ができるのだが、一発録音で済ませるよう、もう少し歌いこなしておく必要がある。

 7月27日 配達集金

 木曜日なので赤旗日曜版の配達と集金。合間に歴史展の準備。パンフを町長にも渡す。パンフの中には町長の名前も登場する。どんな内容かは実際にパンフを読んでほしい。関係者以外は歴史展に来場した人でないと入手できない。

 7月26日 パンフが届く
 
 福竜丸歴史展のパンフレットが届く。16ページのカラー刷りの豪華なパンフである。これを歴史展に来てくれた人に無料で配ろうというのだから串本町教育委員会も太っ腹だ。

 このパンフ、今回の歴史展の目玉のひとつだ。福竜丸建造の歴史を描いた熊野からの手紙という本がある。福竜丸建造に関わった人たちが、まだかなり健在な時期で、よく取材されていて読み物として面白く仕上がっているが、いくつか間違いもあり、そのことが建造に関わった人たちの間でしこりを残してきた。

 今回はその部分を具体的に解明することによって、事実関係を明らかにしている。今後福竜丸建造の歴史を語るうえで絶好の手引書となる。多くの教職員や子どもたちに読んでもらいたいと願っている。

 7月25日 会議

 午前中は集金にまわる。午後から潮岬で共産党の会議。東京都議選挙に長期オルグで派遣されていた支部員から都議選挙の模様の報告を受ける。本日届くと思っていた福竜丸歴史展のパンフが届かなかった。どうやら新宮営業所で止まっているらしい。

 7月24日 集金

 早くも月末を迎え紙誌代金の集金を始める。昼前にジオガイド南エリアリーダーから招集がかかり、ジオ興しチームの宣伝パンフの仕分け作業に駆り出される。午後からも集金にまわる。

 7月23日 防災庫当番

 姫区では寺の裏山に防災備蓄庫を建てている。姫地区全世帯の防災袋を仕舞えるように、衣装ケースを置いている。月に一遍役員が交代で備蓄庫に風をとおし、食料品の賞味期限のチェックや発電機の稼働チェックを行っている。特に今の時期は避難路の草刈りも必要だ。で、本日はその当番。

 夕方、某政治家後援会の幹部から電話があり、2時間あまり意見交換を行う。おお、そうか。私の知らない部分で、色々と綱引きが行われているのだな。今日新聞に折り込んだ民報を持ってきていて、発行カンパもいただく。ありがたやありがたや・・・・。

 7月22日 民報印刷完了

 民報の6月議会号の印刷が完了し、手配り分が届けられたので、串本支部の分を岬まで届ける。明日の朝刊に折り込まれる。
 歴史展のパネルレイアウトについてはまだまだ検討中である。とりあえず必要な写真や資料は集めているので、あとはどう見せるかだ。

 7月21日 古座川町長と会う

 歴史展のPRのためにポスターとチラシをもって訪問活動を行う。古座川町の副町長は刈り開き隊のメンバーなので協力を依頼しようと思って訪れたが、あいにく不在だったので、それならばと町長室に飛び込む。ちょうどジビエハムの試食中で、私もついでに味見をさせてもらう。
 福竜丸の船大工は二人が古座川町の住民だった。古座川町も地元だという話で協力を依頼する。その後火葬場の話を含めて色々と情報交換を行う。

 元古座漁協の建物にポスターを張った後、イワシの目にも立ち寄る。チラシを置かせてもらって、コーヒーを飲みながらふと壁を見上げると船の写真が貼ってある。尋ねると運搬船の桝吉丸で、植村造船所で建造して進水式の写真だという。思いがけず探していた写真に出会えたので、早速借りて帰って写真をスキャンする。

 7月20日 姫区役員会

 姫区の役員会が開かれるので銀行に行って役員手当をおろしてくる。姫区は収益事業を行っている関係で会計は結構面倒である。役員会では弘法湯のタンク建設問題やコメリの土地貸借契約に関する協議を行う。

 7月19日 印刷発注

 朝から8月に行われるジオパーク子どもスクールの下見に参加する。姫→橋杭岩→江田海岸→有田・海中公園→一枚岩を巡って観察個所や安全のチェックを行う。

 福竜丸の歴史展パンフは教育委員会のチェックを受けて原稿を修正。最終校正を行い、夕方インターネットで入稿を行う。印刷に要する日にちに応じて料金が違ってくるので、歴史展に間に合うように発注しようと、夕方5時までの入稿を目指したが、データーを入稿してチェックを受けている間に5時のチャイムが鳴る。あ~一日遅れるかと思ったが、確認メールが届き、ギリギリセーフだったようである。

 7月18日 歴史展の準備

 朝から歴史展のパンフ原稿を教育委員会に届け、確認を要請する。ついでに議会だよりの原稿を議会事務局に届ける。

 古座小学校の100年史を見ようと古座分庁舎図書室に行ったが見つからなかった。以前津荷小の100年史とともに見た記憶があったのだが・・・・。やむなく教育委員会に行ったが、そこにも置いていなかった。それではとばかり串本図書館に行ったら・・・・・。休館日だった。

 7月17日 調査

 福竜丸の歴史展に向けて、加藤元町長に一丸(かずまる)の事を聞きに行ったら、それなら西田邦夫さんの奥さんが津井の娘なので詳しいだろうと紹介を受けて、西田さん宅を訪問する。部屋には第8号一丸の写真が飾ってあった。一番欲しかったのは古座造船所で建造された第7号一丸の写真だったが、古いアルバムを引っ張り出してきても見つからなかったので、とりあえず、水爆マグロを釣り上げて補償金を受け取った第8号一丸の写真を借りてくる。これはこれで大きな収穫である。

 7月16日 バーベキュー

 親しい仲間たちと家の庭で昼間っからバーベキューをする。日差しはきつかったが、テントを張り、午後からはセンダンの木陰となるため、少し風もあり快適な環境だった。汗をかきながら飲むビールは最高である。
 
 串本民報の6月議会報告号。ようやく完成し印刷を発注する。23日の朝刊に折り込まれる。

 7月15日 関電の方から電話

 「もしもし仲江様のお宅ですか?」「はいそうです」「私関西電力の〇〇の○○と申します。太陽光発電の設置費を現在の電気使用料の中から負担いただいて、新たな負担なしに設置できるプランをご案内しています」「へ~!そしたら原子力発電なんか要らんようになるやん」「お時間の都合がつくのでしたら後刻、設置業者の方から電話連絡がいきます」「そうやね7月20日なら空いているよ」

 「もしもし仲江様のお宅ですか?「はいそうです」「私アドミックスの福田と申します。先ほどご連絡差し上げました。どのような話になっていましたか?」「そうやね。関西電力の関係の人で、今の電気料金の中から太陽光発電が設置できるとか・・・・」「いや、少し話が違います。そのように出来る場合もありますが、必ずしもご期待に添えない場合も・・・」「え?おかしいやん。さっきの関西電力の人の話と違う」「先ほどお電話したのは私どものコールセンターの職員です。設置業者であり、 関西電力とは関係ありません」「え?なんていう人」「福田です」「それはあんたやろ、さっきの女性はなんていう名前」「福田です。たまたま同じ名前です」「え~、じゃあまあその人に替わって」「いや。彼女はシフトが変わってもう帰りました・・・・」
 取りあえず、20日の午後会って説明を受ける約束を交わした。来るやろか・・・・?

 さて、本日は朝から世界遺産区域の修復作業。終了後養春の草刈りで2Lは汗をかいたやろうな・・・・。

 7月14日 下見

 8月に開かれるジオパーク子どもスクールの下見が行われ、私はほかの会議をはしごする関係で、姫海岸と養春だけ参加する。暑さを考慮に入れたら、取り組み方法を少し考える必要があると気づく。

 7月13日 日本遺産ガイド研修会

 日本遺産「鯨とともに生きる」のガイド研修の4日目。今日は三輪崎の高野坂、青岸渡寺の魚類供養塔、浦神塩釜神社のお弓行事のセミを見て回る。一応今回で終了で、修了書が後日送付されてくるが、資格を取得したわけではない。

 
 7月12日 管内視察

 議会の管内視察が取り組まれる。当初常任委員会別に行う予定だったが、なぜか文教厚生常任委員会の視察に総務産業建設常任委員会が合流。視察先は文教厚生関連施設ばかりだったので、総務産業建設常任委員長はボイコット?

 給食センターでは到着した時点では調理室に人影はまばら。会議室に入ってセンター長からの説明を受けているときに調理室に大勢入ってきて作業が始まる。説明は続いていたが、私は気になって調理室を見に行く。何やら厚揚げのように見えるものが入った袋をお湯で温めていたので、センター長に今日の献立を聞いたところ、卵焼きだという。

 同じシダックスがやっている御坊の給食センターでは卵焼きは液卵を使用していた。液卵は保存料が使用されている場合が多いので、一緒に視察に行った当時の教育次長に、問題点を指摘しておいた。串本給食センターでは液卵ではなく、冷凍卵焼きだった。 学校給食はおいしければ良いというものではなく、教育の一環である。成長過程の子どもたちにコンビニ弁当は食べさせるべきではない。

 7月11日 パンフ校正

 作成中の歴史展パンフの内容を確認してもらうために、古座の3名ほどに原稿を手渡してくる。以前聞いた話の確認もかねて訪れたのだが、10年たてば記憶もあいまいになっている。

 小川の船大工について、串本商業の生徒として古座造船所で勤労奉仕した経験のある川合功一先生に電話をして尋ねたら、「記憶にないが、小川出身なら小学校の100年史に名前が載っているのではないか」とヒントをくれた。よし!これだと思って、高池の古座川町教育委員会を訪ねたが、100年史はあるにはあったが、歴代教師の名前は載っているが、卒業生の名前は載っていなかった。

 7月10日 ジオラマ完成

 中洲のジオラマは一応完成。ひとまず養春の歴史民俗史料室に展示する。あとは歴史展当日に配るパンフの制作。語り部で話している内容をまとめているのだが、改めて整理してみると数字の過ちを発見したり、元ネタの確認に手間取ったりと結構時間がかかる。

 7月 9日 風船爺さん

 高池保育所の保護者会主催古座川町の子育て支援サークルの保護者でつくる「ママカラーズ」主催のイベントがあって、アートバルーンを依頼された。会場は高池上部集会所で狭い会場に孫と同年代の子どもと保護者がうじゃうじゃ。
 
 スタッフとして参加していたおばあさん(私と同年代)から「あらまあ!仲江さん。こざがわ親子劇場で歌を唄ってくれたわねえ。うちの娘、菜実ちゃんと同い年やで」と声をかけられる。

 当時親子劇場のテーマソングを作っており、例会の時に皆で歌ったりしていた。こざがわ親子劇場のテーマソングはこちら

 あの頃は我々も若かった。
 7月 8日 ジュニアリーダー研修会

 午後から田辺市で共産党南地区委員会の会議。夕方潮岬青少年の家でジュニアリーダー研修会が開かれ講師を務める。対象が4年生から6年生なので重複を避けるため、福竜丸建造の歴史は3年に一度と決まっており、私が話をするのも今回で4回目となる。
 私の後には日本防災士会和歌山県支部長の早稲田さんが防災の講演をすることになっており、「私も防災士です」と声をかけていろいろ話をする。ジオパークの話をすると、ジオガイド仲間のケリーさんと同級生だとの事。

 7月 7日 サマースクール

 8月に南紀熊野ジオパークこどもサマースクールを予定しているが、田並の計画がキャンセルになった関係で有田の区長に協力依頼に行くという話を聞いて、有田の区長はじゅうすけのしんちゃん(姫出身)がやっているので私も同行する。現地の磯に詳しい磯遊びの指導者と郷土料理に詳しい人を紹介してもらうのが目的だったが、どちらも適任者が見つかり一安心。
 午後からは部屋にこもり執筆活動。基本的に原稿は仕上がったので、これからはイラストレーターでの編集作業。表やイラストの作成でかなりの時間がかかりそうである。

 7月 6日 執筆活動

 早朝新聞配達を終えて、朝の涼しいうちに福竜丸70年歴史展のパンフの執筆活動。午後から原付に乗って日曜版の配達に回る。夕方、ジオラマの修正。

 7月 5日 ガイド研修会

 日本遺産「鯨とともに生きる」ガイド養成講座の3日目。今日は現地研修で古座と太地を回ってガイドの説明を受ける。昼食は太地だったので、捕鯨文化を知るには食文化を知るべしと、漁協スーパーでゴンドウのテッパとウデモンを買ってガイド仲間と一緒に食べる。
 ガイド仲間がおいしかったから土産に買って帰ると言い出して、研修が終わってからまた漁協スーパーに立ち寄る。すると冷凍庫に蕪骨の松前漬けが置いてあった。歴史民俗史料室では数年前に大島の人から蕪骨を削る機械を寄贈してもらっている。一度食べてみなければと考えていたので、少量で1000円と少し高かったのだが買ってくる。お味の方はと言えば・・・・・。う~ん珍味や!!

 7月 4日 議会広報委員会

 6月議会を受け、広報委員会が招集される。冒頭私は議会広報を年4回発行するよう提案したが、清水委員以外の賛同は得られず、今年度も年2回発行となる。半年も経てば賞味期限を超えると主張したのだが・・・・。

 午後からジオラマ作り。基本的に本日の作業で完成となる。ただ、船を追加するとなるとまだまだ時間がかかるので、完成は流動的である。

 7月 3日 チラシ発注

 8月1日から6日までの間に開催する第5福竜丸建造70年の歴史展に関し、最終日に講演をお願いしている福龍丸展示館学芸員の市田真理さんとメールのやり取りをして、確定した内容でネットプリントの発注を行う。印刷完了は10日以降となる。

 
 7月 2日 議会報告会

 6月議会の時に漆畑議員から「八郎登山口の道標が無くなって、道に迷う人が出て困っている」との話を聞いて、「よっしゃ判った。道標を作るよ」と約束して、先月の刈り開き隊の総会の時に宇津木石を削って完成させた。刈り開き隊長から「設置にいこら」と誘われて上田原まで出かける。区長を訪ねて設置個所を確認し、設置してくる。

 さて、選挙の前に町政を語るつどいを各地で行った。選挙後も続けようと思っているが、取り敢えず議会終了後報告会を開けと言われて、午後から町民文化センターを借りて報告会を開催した。

 7月 1日 海開き

 朝から橋杭海水浴場と田原海水浴場の海開きが行われ参加する。午後から福竜丸歴史展のチラシ作りとジオラマ作り、明日の町政報告会のプレゼン資料作り、明日設置する道標石の仕上げと月初めから結構忙しい一日。

   
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