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| このページは仲江たかまるの私的な日記です。時には冗談も交えていますので、冗談を理解できない無粋な人は速やかに退場して下さい。 EXIT |
| 4月25日 帰宅 | |||||||||
朝7時半にホテルを出て帰路に就く。岸和田で昼食を食べ、和歌山に寄り道。女房の実家の和歌浦の墓にお参りして帰ってくる。本日の走行距離は460Km。は~疲れた!! 元気を出すために夕食は自宅でホルモン焼き。さて、今から明日の区総会の準備がある。 |
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| 4月24日 新見へ | |||||||||
早朝、高知を出発して新見市に向かう。娘婿の父親が亡くなって、葬儀に参加できなかったので仏壇と墓に参りに行くためだ。時間に余裕があったのであちこちより道をしながら車を走らす。途中から高速を降りて下道を走る。40歳ごろ椎名誠の講演を聞くために美星町や高梁市を訪れたことがある。その思い出の地を「もう二度と訪れることはないだろうな」と思いながらドライブを楽しむ。本日の走行距離は240Km。 新見市には2時過ぎに着いた。弔問の後、駅前のホテルに泊る。このホテルも娘の大学受験の時と結婚式の時に泊ったので、今回で3回目になる。 |
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| 4月23日 高知へ | |||||||||
朝から早朝配達を済ませて、日曜版の配達集金を一通り済ませて、10時過ぎに高知に向かって出発。和歌山港を13時40分発のかつらぎに乗船して、徳島港経由で高知を目指す。南海フェリーも廃止の方向なので、これが無くなったらもう車で高知には行けんなと思う。 高知には6時半ごろ到着する。本日の走行距離は串本~和歌山。徳島~高知。併せて302Km. |
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| 4月22日 館内ガイド | |||||||||
ジオパークセンター館内ガイドの当番日。エントランスで挨拶しても反応のない家族がいて、これは中国方面から来た人かなと思って、翻訳ソフトを起動させ、いざ声掛けをしようと構えたら、なんと日本語で会話している。なんや、日本人かい。 今日は南は鹿児島、北は埼玉からのお客さんが来てくれた。千葉からのお客さんは、微小貝に興味を示してるので声を掛けたら、日本貝類学会の会員で、オゴクダ浜の貝のブログもいつも見ているという。今日は左向さんの私設化石博物館を見るためにやってきて、左向さんとここで待ち合わせをしているとの事。やがてバイクで颯爽と現れた左向さんに先導されて行ってしまった。 |
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| 4月21日 ガイドの会役員会 | |||||||||
母が週に一回のデイサービスに行ったので、母の部屋の掃除を行い、洗濯をする。買い物に出かけ、午後から雨戸を一枚張り替える。 夜、ジオパークガイドの会の役員会を開催する。和歌山県の最低賃金の改訂に伴い、館内ガイドの委託料も増額になったので、館内ガイドの日当の増額と事務員の給料の改訂について協議する。私の改定の提案に対し、一人だけ異論をとなえる役員がいたが、時間をかけて説得し、無事提案通りの金額が決まる。 |
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| 4月20日 介護 | |||||||||
女房が産休明けで職場復帰となった高知の娘の所に行っているので、母の世話は私一人でやっている。3食の用意と洗濯。93歳の母は最近昼間でも「見たいテレビもない」と言って目をつぶって座っていることが多くなった。 昼前に高池のオークワに買い物に行ったら、潮岬に住む同級生が買い物に来ていた。そういえば彼女の実家の母親も私の母の同級生だった。母親の介護に来ているんだな。 |
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| 4月19日 クルーズ船ツアー | |||||||||
ジャパネットタカダのクルーズ船ツアーの客を新宮港から大島まで案内し、そこから串本湾内のクルーズ。更に樫野崎とジオパークセンターを訪問し、新宮港までお見送りというツアーの2弾目。今回は38人が参加のためにジオガイドも2名で案内。 前回は中部・関東方面のお客さんだけだったが、今回は鹿児島や長崎の人も参加していて、出発港は横浜なので、そこに行くまでが結構な旅なのだが、そこから日本一周をしてまた家に帰ると10日くらいかかるだろうか。 中には台湾から家族(兄弟とその夫婦)の8名で参加した人たちもいて、このクルーズには以前別のコースで参加したので、今回が2度目だとの事。 |
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| 4月18日 雨戸の修繕2 | |||||||||
やり始めまでは億劫だが、雨戸を一枚修繕するとよし!残りも!となって、本日は4枚張り替え、痛んでいないものはペンキを塗り替える。野球の練習から返ってきた孫からも、「おじいちゃん有難う」と感謝される。 さて、次は庭のセンダンの剪定が残っている。足場をどうしようとか、何処まで伐ろうかとか、色々空想するばかりで月日は過ぎてきた。 |
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| 4月17日 雨戸の修繕 | |||||||||
2階の雨戸がボロボロのべろべろになっていて、私は別に貧しさをアピールできてえ~んちゃうかと思っていたが、女房や娘が世間体を気にして早く直せ早く直せとせかすので、耐水べニアをAmazonで購入し、とりあえず1枚だけ張り替えてペンキを塗る。 午後から小6の孫が早めに帰ってきて、友達の家に遊びに行くと言って自転車に乗るのだが、160㎝近くまで伸びた孫にはあまりにも小さすぎてちんちくりんなので、中学校に入るまではとりあえずおじいちゃんの自転車に乗っておけと、暫く乗っていなかった自転車を磨き、コメリでベルとライトと潤滑油を買ってきて、乗れるようにする。 |
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| 4月16日 常任委員会 | |||||||||
議会の文教厚生常任委員会を開催。委員会室での会議終了後、無量寺にでかけ日本一小さい美術館を訪問。その後徳川家茂がたどった公方通りを私がガイドしながら散策。長澤芦雪の絵を国宝にして、観光客が公方通りを歩いて見学に来る未来を思い描いている。 終了後ジオパークセンターを訪問。先日の新人ガイド研修の報告書を提出してくる。 |
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| 4月15日 バスカー | |||||||||
オーストラリアにはバスカーという職業がある。路上パフォーマンスを行う行動はバスキング(Busking)と呼ばれ広く親しまれている。 バスキングを行うには自治体の許可が必要で、オーデションや説明会への出席が必要だとか。 で、そのバスカーの中に上川ジョージという日本人が活躍していて、このところハマっている。お勧めの動画は沢山あるが、老若男女が引き込まれて、特に子どもたちのアクションがすばらしいが、とりあえずこれを観て欲しい。 |
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| 4月14日 自主企画ツアー | |||||||||
太地在住のジオパークガイドが自主企画ツアーを計画したと案内があったので参加する。大正時代に車の道ができるまでは勝浦や太田から太地に行くには森浦から山越えの道しかなかった。 その古道を歩こうという企画だが、太地道の駅裏手の駐車場に車を止め、山を越える。海岸段丘のため尾根沿いの道が砂利道で、やがて流紋岩の岩脈が現れる。更に進んで集落近くまでたどり着くと流紋岩質火砕岩(宇津木石)の採石場跡に着く。そうか、ここは古座川弧状岩脈の端っこだったんだな。 集落まで降りて、無料の循環バスに乗って道の駅まで戻って解散。 |
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| 4月13日 新人ガイド研修 | |||||||||
ジオパークセンター館内ガイドの新人研修が開かれて講師を務める。午前中は座学と管内実習・午後からは潮岬の見どころを知るフィールド研修。その後、もう一度館内の展示の解説を行って、感想文を書いて終了。28歳から70歳まで幅広いメンバーだが、やる気あふれる面々で、今後が楽しみだ。 |
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| 4月13日 館内ガイド | |||||||||
ジオパークセンター館内ガイドの当番日。オーストラリアからのお客さんからトンガの海は急激に深くなっているという話を聞いて確認すると、トンガ海溝は10800mの深さがありマリアナ海溝11000mに次ぐ深さで、いつも潮岬の沖合80Km先に4000mの深い海があると説明しているが、トンガの場合は沖合100Kmに10800mの深い海があるという事になる。下には下がある。 潮風の休憩所に弁当を食べに行くと、新人の管理人がいたので挨拶をする。ガイドを頼むと、メモ用紙を見ながら一生懸命しゃべってくれた。 |
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| 4月11日 実行委員会 | |||||||||
戦跡ネットワーク全国大会・土佐清水大会の実行委員会が開かれてZoom参加する。午後からは田辺市に移動して共産党の会議に出席。8月の22日・23日に土佐清水市で会議は開催されるが、土佐清水にはビジネスホテルが2軒しかないという情報を聞いたので、とりあえず宿は手配する。 |
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| 4月10日 館内ガイド研修会の補習 | |||||||||
ジオパークセンター館内ガイドは年に一度研修の実施が義務付けられている。3月に行なった研修会に参加できなかった二人のために補習を行う。人数が少ないので「近況報告」は3月の研修で録画したものを先に見たうえで出し合った。 館内ガイドの基本的な業務や、協議会から求められているものについて再度確認をする。また、再認定の審査の実際をプレゼンや議事録を通じて学び、全国大会の取り組みについて私が昨年の十勝岳大会の模様を中心にプレゼンする。 |
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| 4月 9日 全国大会受け入れ | |||||||||
木曜日なので日刊紙と日曜版の配達日。配達を済ませてから昨日の区の役員会を受けて、田原の宮大工に建設延期の報告に行く。 8日に開かれた南紀熊野ジオパーク推進協議会の総会で、世界ジオ国内推薦審査の見送りと来年の全国大会の受け入れが決定されたようだ。 |
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| 4月 8日 姫区役員会 | |||||||||
26日に予定している区総会に向けた役員会が開かれる。決算を確認して新年度の予算案を協議する。姫川の氏神社を天満神社に合祀する計画を進めているが、建築予算を提案したら、いきなり金額を提示したら反対されるのではないかとの意見が出され、今年の総会では合祀する事への同意をとって、来年度建設予算を提示するという事で決まった。 区の大掃除に関し、これまで欠席者は出不足料を取っていたが、昨年より廃止したが、今年から参加者に2000円の日当を払うことも決められた。なお今年の区総会を期に75歳の定年を迎える役員が4名いる。そのうち3人は区長経験者だ。姫区も一つの区切りを迎えている。 |
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| 4月 7日 館内ガイド | |||||||||
ジオパークセンター館内ガイドの当番日。春休み最後の日だったが、朝から雨で望楼の芝に来る人も極端に少なく、午前中の来館者は20名ほど。このまま過去最少の記録更新かと思ったが、午後からは天候が持ち直し50名あまり来館し、70名を超えた。 台湾からのお客さんにグーグル翻訳で説明してすごく喜んで貰った。グーグル翻訳は日々進化している。英語や中国語の会話をマスターするのは無理だが、グーグル翻訳を使いこなせるようになって、世界に通用するジオパークを目指したい。 |
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| 4月 6日 花見 | |||||||||
我が家の庭(人々は養春と呼ぶ)の桜が満開になったので、家族で花見をする。ひらひらと舞い散る花びらをみながら昼間っから飲むビールは美味しい。 夜、戦跡ネットワークの運営委員会がZoom開催されて初めて参加する。メンバーは全国で戦跡保存のために活動している人たちだ。議題は8月に土佐清水市で予定されている全国大会の実行委員会と広島で開かれるシンポジウムの相談。 |
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| 4月 5日 高円宮賜杯地区予選 | |||||||||
全日本学童軟式野球大会東牟婁支部大会の決勝戦が開かれて孫のチームが出場したので応援に行く。孫はライトで打順は7番。1打席目はフォアボール。2打席目もフォアボール。3打席目はピッチャーゴロだったが、守備ではライナー性の当たりをキャッチ。エラーは無かった。4回終了時で9対1と大差がついていたので、午後からの姫区の作業に備え、早めに帰る。最終得点は聞いていないが、優勝したようである。 午後からお大師さんの灯篭を移動させる。仏像(性根は抜いてある)その他を養春の歴史民俗資料室に移動させる。3時から区会計の監査を受ける。17時からご苦労さん会。 |
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| 4月 4日 決算書類完成 | |||||||||
姫区収益事業会計の決算書類がようやく完成する。出納帳は通帳通りでぴったりと合うのだが、科目別の入力が反映する決算書の数字が合わない。全ての書類をプリントアウトして一つひとつチェックして行くが全て合っている。何度かチェックしてもしやと思い、科目ごとの合計の計算式をチェックしていったら、行を増やした科目で範囲がずれて加算されていない数字があって、計算式を入れなおしたら決算書の合計が出納帳と符合した。は~やれやれ・・・・。 |
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| 4月 3日 上富田町へ | |||||||||
上富田町議選挙が近づいているので、民報配布の手伝いに行く。早く終わったので救馬渓観音にお参りにいく。南紀熊野の神社仏閣で、一番参拝者が多いのが速玉大社で、二番目が那智大社。それに続く三番目が救馬渓観音で、その救馬渓の住職が南紀熊野ジオパークガイドの会の副会長なのである。 しかも救馬渓は異なる地質年代の層が重なり合う不整合の土地で、南紀熊野のジオサイトの一つでもある。ガイドの会副会長はジオサイトのオーナーでもある。が、しかし生憎不在で会えなかった。 |
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| 4月 2日 ジオパーク学習 | |||||||||
小学生3人と中学生一人を連れて、宇久井半島にジオパーク学習に行ってきました。環境省宇久井ビジターセンターで吉田初三郎の鳥観図を見て基礎学習。防空監視哨に入って平和学習。 灯台まで歩いて記念撮影。地玉の浜に行って軽石を拾い、オーソコーツァィトを観察して、干上がった浜で死にかけたアメフラシを救助して無事帰還する。 小2の孫は「もうダメ!怖い!」と何度か言うので、「良しわかった。ここで待っといて」というとしぶしぶ付いてきたが、最終的には楽しんでいた。 |
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| 4月 1日 当然の不起訴 | |||||||||
昨年の町議選挙時に私の後援会が会員向けに発行したチラシと古座民報の活動メモで名誉を傷つけられたと、某町民が私を刑事告訴した。彼からの刑事告訴は2度目である。 警察は書式が整っていれば受理せざるをえず、受理すれば捜査をしなくてはならず、私は新宮警察署まで呼び出され、任意の事情聴取を受けた。告訴した相手は私がデマを流していると主張していたようだが、私は証拠をきちんと示して、真実もしくは真実相当性があることを、調書にきちんと書いてもらった。 一通りの捜査が終われば検察に書類を送検することになる。(以前もそうだった)検察も書類を受け取ったら捜査をする必要がある。前回は検察からは何の連絡もなかったが不起訴になったようである。 今回は田辺の検察庁から連絡があり、任意の事情聴取をしたいとの事であったので、田辺まで出かけた。検察庁で案内された部屋には検事と書記の女性がいて、検事は分厚い書類を前に私にいくつかの質問をした。その後、調書を書くので聞いてほしいと語り出し、書記の女性がキーボードを打つと、モニターに現れた文章を見ながら間違っていないかを確認してくる。前に刑事告訴された時の調書も全て熟読しているようで、私の気づかなかったことも指摘してくれた。 まさに私が言いたかったことをまとめてくれて、「4月には結果が出るので、電話で連絡します」と行ってくれた。検事には「私が逆に名誉棄損で訴えることもできるが、労力の割には得るものがなく、時間が勿体ない」との話もした。 で、昨日の夕方、書記の女性から電話があり「不起訴となりました」との報告があった。 |
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