仲江孝丸活動メモ

 このページは仲江たかまるの私的な日記です。時には冗談も交えていますので、冗談を理解できない無粋な人は速やかに退場して下さい。 EXIT  

 
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 6月14日 ルーツ 最終章

 定例議会2日目は午前中に審議を終える。

 9日の日に我が家を訪ねて来た日系アメリカ人のルーツを探して右往左往してきたが、探している人が見つかった旨メールを送ると、京都に滞在して明日東京に行く予定だったのを変更し、もう一度来町することになった。

 午後3時過ぎに到着し、一緒に親戚の家を訪問する。事前に連絡してあったので、夫婦で待っていてくれた。お互い言葉が通じないのでGoogleさんに翻訳してもらう。親戚の人は「子どものころ、アメリカの親戚からチョコレートやコーヒーを送ってもらった」と話しをして、その時に同封されていた写真を示すと、「これは私、これは姉」と大興奮!!日本とアメリカの歴史が繋がった。

 先祖の墓地の近くには、事前に連絡していた親戚の人たちが集まってくれていた。とりあえず私の役割はこれで果たすことが出来た。めでたしめでたし。

 6月13日 定例議会初日 討論を2本

 国民健康保険の専決処分の議案が提出される。租税法律主義という大原則があって、現憲法下では税率改定は議会の承認なしに行ってはならないことになっている。江戸時代の年貢のように、お上の都合で勝手にあげることはもちろんのこと、行政の都合で勝手に上げてはならないのである。

 まあ、それでも住民にとって有利な改正は専決も認めてきたが、新町合併後、最高限度額の引き上げを毎年専決処分してきている。私は今年も法律の原則を守るよう、承認に反対したが、賛成多数で承認される

 古座分庁舎で行っている窓口業務を郵便局に委託する内容の提案も行われた。私は関係の自治会と協議をおこなったか質疑したら、なんと驚くことにしていないという。進め方に問題があるとして私はこの議案に反対した。採決の結果これも賛成多数で可決となる。

 6月12日 議会準備

 一般質問の準備を始める。4項目にするか5項目にするか迷っている。メインの捕鯨の話にどれだけかけるかだ。

 ルーツ探しの続きだが、朝から電話がかかり、本家の戸籍謄本が入手できたと連絡があり、もらいに行ってくる。それをもとに墓石の記録も合わせると4代先祖までたどることができて、とりあえず目的は達成できた。アメリカ人家族にメールで知らせる。併せて先祖の名前の刻まれた墓標の写真も送る。

 6月11日 原稿執筆

 戦争遺跡全国ネットワークから執筆依頼が来て、締め切りは11月なのだが、置いておくと忘れるので早速執筆して原稿を送る。普段から話し慣れている内容なので短時間で書きあがる。

 ジオパークガイドの会の契約書を作成し、定番コースを企画した人たちに「試行ジオツアーを企画しませんか」との呼び掛け文を作る。

 夕方、今年から少年野球を始めた孫の打撃練習に付き合う。

 6月10日 ルーツ

 ルーツといえばクンタ・キンテ。わかるかな?わからんやろな!それはさておき、アメリカからはるばるルーツ探しに来た人の手助けで、西向の親戚とみられる家を訪ね、墓石を探る。
 すると曾祖父の兄弟とみられる人の墓石を発見。しかし曾祖父の墓石は見つからず。親戚の人は乗り気になって戸籍謄本を取ることに協力してくれた。その結果、曾祖父の父親の名前まで分かったが、明治8年以前の記録は探れなかった。とりあえず分かった範囲をメールで知らせる。

 今日は午前中東牟婁振興局の職員から振興局が発行している雑誌に関して、大辺路刈り開き隊に関する取材を受ける。私は今は役員をしていないのだが、過去の経過を聞かれたら私でないと答えられない部分もあるので引き受けた。

 6月 9日 館内ガイド

 ジオパークセンター館内ガイドの当番日。4時半に起きて日刊紙を配達し、帰宅後英語のメールに返信をして、6時50分から溝掃除に出かける。溝に大量に砂がたまっていて、ジョレンでかき上げる。
 隣の班とはお互い北と南から掃除をしていって、合流するところまでやろうと話し合っていたが、私の班からはあと二人草刈り機をもった人が参加していたが、私が雑に刈り倒した後をきれいにきれいに刈り揃えてくれているために、合流点の方向の草刈りをやってくれないので、仕方なく8時すぎまで雑に刈り進む。

 時間が来たので作業を途中で切り上げて慌てて家に戻りシャワーを浴びて着替えてジオパークセンターへと急ぐ。本日の相方は新人ガイドだったので、質問攻めにあう。やる気十分である。台湾からのカップルが来て、Google翻訳でエムリバーの解説をする。

 6月 8日 草刈り

 孫の10歳の誕生日で昼食に佐野のトマト&オニオンへ行く。帰宅後、明日の区の大掃除を途中で抜けなくてはならないので、ノコギリで溝の傍のアカメガシを切り、ノイバラとススキの藪を刈りあらける。私の班も高齢化が進み、草刈り機を使える人が私以外に80歳近い人しかいないので、一番やばっている(繁茂している)ところはあらかじめ刈っておく必要がある。

 6月 7日 弁護士事務所へ

 清水議員とそのグループからの一連の訴訟に勝訴してきたが、この間の裁判所に出廷した日数を合計すると40日を超える。私は地域の歴史・文化を掘り起こし、町興しの取り組みを行っている。準備に費やした日程を含めると、どれだけ無駄な時間を浪費したかと思う。相手は控訴審に弁護士をつけて論点をそらしてきて、話しがかみ合わないのでこちらも弁護士を依頼することにして、田辺の岡田弁護士に相談に行ってくる。

 昨日我が家にやってきた日系アメリカ人の家族が姫に民泊滞在していると聞いたので、もう一度会いに行ってくる。googlさんに翻訳してもらいながら話しあって、「とりあえず同姓の人に私から、親戚でアメリカに移民した人はいないかと聞いて見ます。」と話す。

 その足で、移民といえばこの人と、尾鼻先生の家を訪ねたが、「オーストラリアの資料は沢山あるが、アメリカ移民は詳しくない。太地の桜井学芸員に聞いてみてはどうか」とアドバイスをもらう。ついでに1時間余り潮風の休憩所のことなどを話し合う。

 6月 6日 草刈り

 町の合併前に古座町では財産区からの支出で各区が避難路を整備した。その避難路の日常管理は区の役員でそれぞれ担当が決められている。我が家の近くの崩れ避難所の草刈りを行う。

 終了後、養春の草刈りを行う。年に2回はシルバー人材センターの人たちが来て刈ってくれるのだが、それだけでは到底子どもたちが遊びまわれる状態を維持できない。なので、遊具の近辺はこまめに草刈りを行うようにしている。

 夕方セ・ラ・セゾンの店員が日系アメリカ人の家族を連れてやってくる。自分の家のルーツを探しているとのこと。名前を聞いて、岩渕と目津にその名前の人がいると教える。なんせ自動翻訳を使ってのやり取りなので、詳しい事は分からなかった。

 6月 5日 捕鯨の授業

 朝から議会運営委員会。6月議会の日程案を協議する。

 午後から串本古座高校で捕鯨の授業を行う。1時間目は古式捕鯨。2時間目は近代捕鯨について話をする。近代捕鯨では明治期の串本の企業家(いずれも旧地士・網元)たちが捕鯨の事業所を起業したり誘致したりして、役員を務めていたことなどを紹介する。

  議運で決まった6月議会の日程案は以下の通り
 6月 4日 多忙な一日

 午前中文教厚生常任委員会。くしもと小学校の建設工事の入札が行われたが予定額を上回ったため不調に終わったとのこと。原因は資材の高騰や職人不足との話しで、やっぱり大阪万博をやめなあかん。

 午後から環境省のZoom会議にジオパークガイドの会の会長として参加。環境省・ジオパークガイドの会・ジオパーク推進協議会・USPジャパンとで吉野熊野国立公園の活用について意見交換を行う。

 夕方、原水禁世界大会を目指す平和行進が串本町入りして出発集会が開かれる。今年は町長・議長・佐藤県議が参加して一緒に行進する。ドイツ人・フランス人も参加して国際的な集会となる。私は恒例の「青い空は」をギターでシングアウト。

 6月 3日 法律を作るものが法律を守らない 

 自民党の裏金問題。政治団体を迂回することによって脱税しているのみならず、税額控除で還付金までもらっていることが明らかになってきた。根本原因はパーティー券名義での企業献金や、官房機密費などのダークマネーがまかり通っているところにある。

 法律を作るものが法律を守っていないことにきちんとメスを入れる必要がある。

 さて、町議は条例制定の権限がある。政治倫理条例は自分たちで決めた条例である。それを守っていないことで審査を受けて決まったことは従わなければならない。相手が悪いのだから条例に従わなくても構わないと主張するのは、いわゆるアウトローの立場だ。

 串本町議会では議会会議規則や政治倫理条例を守る健全な議会作りが求められている。

 6月 2日 資料作り

 6月5日に串本古座高校へ捕鯨に関する授業に行く。昨年作ったプレゼン資料を大幅に手直しして、近代捕鯨の資料を増やす。以前から語り部で使っている「明治期における役員会の規模と役員」の資料を読み直していると、役員会と関係会社の部分で、7社のところに神田清右衛門さん矢倉甚兵衛さん、5社のところに神田佐七さんに加え田島喜八さんの名前があることに気づく。

 神田清右衛門さんは明治に公選で選ばれた最初の串本村長である。神田佐七さんは大正7年にそして田島喜八さんは大正9年に串本町長になっている。矢倉甚兵衛さんを加えた4名は紀州藩の地士の家系である。こうした人たちが明治期の串本の捕鯨事業を展開していたのだ。

 6月 1日 防災ジオツアー

 南紀串本観光協会主催の姫川道ツアーを防災ジオツアーとして取り組む。まず、旧養春小学校で、プレート境界型の地震発生のメカニズムを説明し、そこから一次避難所の市助ミカン畑へ。次に二次避難所となっている海林寺に行って、姫区全世帯の非常用持ち出しを衣装箱に入れて保管している防災倉庫を案内。途中の道すがら宇津木石の塀を説明「古座川の一枚岩と同じ石です」。

 姫川に行って氏神社にお参りして、宇津木の花の花筏が流れる小川で小休止。山一つ隔てた伊串川水系には流紋岩の石が多いのに、くじの川水系には堆積岩しかないことを説明し、1500万年前の南北の貫入岩脈の話をする。

 昼食休憩後、くじの川の還流丘陵を説明し、辻地蔵から大辺路街道へ。しりでの坂展望台ではクジラの習性と地形的条件から古式捕鯨が取り組まれた話をする。5.5キロのコースを五時間かけてまわるゆったりコース。「私の話を理解しようとか覚えようとかせずに、悟ってください」との臨済宗の教えはウケました。

     
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