仲江孝丸活動メモ

 このページは仲江たかまるの私的な日記です。時には冗談も交えていますので、冗談を理解できない無粋な人は速やかに退場して下さい。 EXIT  

 
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 6月23日 くじらとともに生きる

 日本遺産ガイド育成の2回目の講習会が太地鯨館で開かれて参加する。最初の講師は鯨館のなかえ学芸員。名刺を渡して「私もなかえです」と挨拶する。講義の中身は鯨類の進化の歴史や生態や骨格の解説など、非常に好奇心をくすぐる内容であった。

 夜、国民宿舎あらふねで議会と執行部の懇親会。通常は12月会と3月議会の時にすることになっているが、選挙後初めての議会ということもあって開催した。

 6月22日 定例議会終了

 本日は芝山議員・鈴木議員・沼谷議員・水口議員・長脊議員が一般質問に登壇。財産の取得(消防自動車の購入)案件など追加議案を審議し、議会広報委員の選任を行って6月議会は終了となる。

 今期の広報委員会の委員長は水口議員、副委員長には清水議員が就任した。

 6月21日 豪雨

 朝から豪雨の中、日刊紙の早朝配達。風も強く嵐の中、議会の一般質問が始まる。トップバッターは例のごとく私。警報が出ているので傍聴者は来ないだろうと思っていたが、多くの知人が傍聴に来てくれた。

 今日は私以外に川勝議員・漆畑議員・清水議員が登壇。漆畑議員の質問には町長もいささかエキサイトして、通告外の論争に発展。川勝議員の質問は既に町長の諸報告で明らかになっていることをおさらいする事が多かったように思う。

 6月20日 議会準備

 朝から歯医者に行って治療が完了。その後役場を訪れ一般質問の確認作業。午後からは基本的に一般質問の原稿づくり。時々気晴らしに道標を刻みに行ったり、歴史民俗史料室の確認に行ったりする。収集史料のアルバムを確認していたら、新たな中洲の写真を見つけたりで、福竜丸歴史展の準備にもなる。

 6月19日 日本遺産学習会

 熊野の捕鯨文化が日本遺産に登録されて2年目のガイド研修が太地町で開かれ出席する。桜井学芸員の講演は知らなかった情報をいくつも教えていただいたが、語り部的に古式捕鯨の模様を再現する話では若干消化不足を感じた。

 一頭の鯨を250人から500人の集団で追い詰める古式捕鯨は、南氷洋捕鯨や小型の鯨を追い込んで採る現在の捕鯨のイメージとは随分違うということを理解してもらうことが重要だ。

 6月18日 宇津木石の道標

 一般質問の準備をしつつ、議会報告の民報づくりを始める。取りあえず表面を8割がた作成。大辺路の木の道標が朽ちて道に迷う人が増えていると聞かされたので、宇津木石での道標づくりを始める。材料の石柱は解体した古民家の基礎に使っていたものだ。

 6月17日 準備

 議会一般質問の準備やら刈り開き隊の総会の準備やら福竜丸歴史展の準備やら同時に進めている。刈り開き隊は事務局長なので、総会案内の発送と出欠の確認、事務局経費の報告と、総会資料作成。一年間の活動のまとめ作成など結構仕事がある。午後から同級生のお父さんの葬儀が行われ参列。

 6月16日 文教厚生常任委員会

 昨日の本会議終了後開かれた文教厚生常任委員会で結城委員長がいきなり継続調査の申し出を協議しようとしたので、私が図書館の問題と病院問題で委員会審査を要求し、休会となった本日、常任委員会を開催することとなった。

 図書館は長年要求してきた館長を非常勤ではあるが採用することとなったことに関し、図書館奉仕のそもそも論から教育次長に説明を求める。途中に副町長から発言があり、現在の図書館の敷地が私有地であり、地権者から最近、「3年以内に明け渡すよう」求められて困っているとの話が出た。

 6月15日 修正案

 定例議会2日目。一般会計の質疑が行われる。水口議員が先の議会の開発調査特別委員会の議決を違法だと発言する。自分が事務局に欠席理由も言わずに欠席した委員会の判断を批判する権利はあるのか?発言の自由は確かにあるが、人の道としてどうなのか?私なら大事な委員会を欠席した反省に立ち、小さくなっていると思う。

 さて、その一般会計補正予算に関して漆畑議員・川勝議員・水口議員から駅裏開発の用地購入に係る債務負担行為を削る修正案が出された。私は提出者の漆畑議員に対し、4年間の議会での審議を踏まえたうえで出された議案であることを示し、これを削ると保護者から要望の出ている認定子ども園の高台移転ができなくなると質疑した。すると漆畑議員は「認定子ども園は出雲小学校の建物を使えばよい」との驚くべき答弁が帰ってきた。「現にある学校を廃校にして使え」恐ろしい発想である。採算第一で行政を行うなら、田舎に人が住む必要はないとなる。その理論を突き進めれば、みんな都会に住んで、農産物や水産物は人件費の安い外国から買えという発想になる。

 私はこの町が好きだから、現在の住民が住み続けることのできる、安心安全の町を後世に残したいと考えている。修正案は採決の結果、漆畑・川勝・水口・清水議員の賛成で少数否決。町長提案の議案が賛成多数で可決となる。

 6月14日 議会初日

 6月議会が始まる。冒頭、「一般質問の通告締め切りを初日にした」との議運委員長の報告に対し、「町長の諸報告や提案理由の説明を聞いてから、じっくりと考えて質問項目を準備するので、締め切りが速すぎる」と質疑をする議員がいた。しかし一般質問というのは町の行財政全般にわたって執行機関に疑問点を質し、所信の表明を求めるもので、常日頃の活動の中で準備しておくべきものであり、議会が始まり議案を見てから考えるという性格のものではない。

 人事案件では教育長に元役場職員の潮崎伸彦氏が選任された。法改正に伴い、これまで教育委員会の長は教育委員長だったが、今後は教育長が名実ともに最高責任者となる。

 今回の私の一般質問通告は以下の通り
 6月13日 歯医者

 朝から歯医者に行く。今日で4日目で、来週もう一回行って完了となる。午後からは議会の準備。一般質問の項目について検討を加え、5項目に絞る。合間に戦時標準船入門という本を読む。大型船に関する記述がほとんどで、木造機帆船に関してはごく僅かしか載っていなかったが、それでも探していた貴重な情報を得ることができた。

 6月12日 帰宅

 朝5時に起きて、裏庭の木の剪定を行う。紅葉や柘植などの伸びすぎた枝を刈るが、ウバメガシの巨木は手を付ける気にはならない。孫が検査のため倉敷市に行くことになっていたので、我々も9時過ぎに新見を出て、4時前に帰宅する。

 6月11日 買い物

 朝から小雨模様。昼過ぎに雨は止んだので、孫と一緒に歩いて近くのショッピングセンターへ。ちょうど新見吹奏楽団が演奏をしていた。そういえば私の娘も大学生の時この楽団に所属してサックスを吹いていたのだった。
 買い物を終えて再び歩いて帰るが、帰り道は上り坂なので孫を肩車して、二人でウーパッパーウーを歌いながら帰る。

 6月10日 新見市へ

 朝6時過ぎに家を出て、1時過ぎに娘の住む新見市に着く。前回新見市に行ったときに女房を置いてきたので、女房と会うのも久しぶりだ。早く着いたので庭木の選定作業をする。孫は3歳になり、一段とおしゃべりになっており、何々やね~?とやたら同意を求めてくる。

 6月 9日 古座観光協会総会

 古座観光協会の総会が開かれて参加する。観光協会の統合問題が議題に上がると聞いて、構えて参加したが、通常の議事次第で淡々と進む。予定議案終了後、浜地産業課長から、新組織設立に向けた提案が行われ、異議なく了承され、少し肩透かしに・・・・。

 総会終了後、 町長・清水健太郎議員その他の有志で「いわしの目」へどしこむ。久々に古座が脚光を浴びているので、何とか盛り上げたいと考えている。

 6月 8日 ミニ戦跡ツアー

 朝から依頼があり、出雲地区の戦争遺跡を案内する。潮騒の森の防空壕は私が指摘をして柵を作ってもらったが、柵の端が外れたのか外されたのか、人が潜り込めるだけの隙間ができていた。

 夕方、くしもと9条の会の人たちと町長に面会を求め、核兵器廃絶のヒバクシャ国際署名を依頼する。近隣の首長が既に署名していることもあり、快く応じてくれた。

 6月 7日 議会運営委員会

 6月議会の議会運営委員会が開かれて、会議日程等を協議する。議会広報発行の話になって、私が毎議会発行を主張したら、年2回で良いと強硬に主張する委員がいた。おやメンバーが変わっても一緒かよ。半年も経てば賞味期限が過ぎてしまう。とりあえず各常任委員会から3名ずつ選出し、委員会の判断に任せることとなった。
 議運で決まった会期日程案は以下の通り


 6月 6日 ジオ興し

 歯の治療中である。朝から同級生の日高歯医者に行く。今日で3回目だがあと2回はかかるという。昼前に文化センターに行って福竜丸の船大工道具を東京夢の島の展示館に貸し出すための梱包を手伝う。

 午後から役場4階でジオ興しチームの会合。今年度の取り組みについて協議する。串本古座高校の若い先生が出席していて、なんか見たことがあるなと思っていたら、昨年まで土佐清水ジオパーク推進室で地域おこし協力隊として活動していた長谷川君で、過去2回名刺交換をしていた。

 6月 5日 海士入り


 海が凪いでいたので朝からアクションカメラを持って海士入りに行く。写真は海面に浮かびながら水中を映したものだが、アワビが写っている。どこか分かるだろうか?
 海中の動画はFacebookでアップした。透明度は今季一番。熊野灘は夏の間は濁っているときの方が多い。これまではカジメの林だった磯が、磯焼けが進みまばらになっている関係で、今のところ貝を見つけやすいが、採ってしまえば、回復は困難だろう。

 午後から貝をもって宇久井の息子の家に行く。孫は長男は保育所、次男は昼寝中であった。

 6月 4日 通夜島探検

 アウトドアフェスティバル主催の通夜島探検が行われてガイド参加する。参加者はお客さんが41名にガイドが3名、スタッフが2名と総勢46名となった。

 通夜島はかつて大島村と須江村が半分ずつ所有していたが、町村合併の変遷を経て現在は串本町が所有している。昭和に大阪の園芸業者に貸していた関係で、耕作放棄された現在はヤシの木やドラセナコンパクタや極鳥花といった園芸植物が生い茂るジャングルとなって、特異な風景を作り上げている。

 事前に草刈りは行われて道の確保はできていたが、島内を歩いていると方角がわからなくなり、しばし脇道に迷い込んだが、それはそれで新しい発見もあり、お客さんも楽しんでくれた。

 6月 3日 海士入り

 潮時は悪いが、天気が良かったのでアクションカメラを持って海士入りに行く。今日は下磯(家の前の磯)でアワビ狙いだ。透明度は5m程度で近づけばそこそこきれいに撮影できた。

 お目当てのアワビはいくつも見つかるが、半数は罰金貝(10Cm以下)で、採取できたのは10枚ほど。ほとんどが150g程度で、400gを超えるような心躍るようなサイズには今期はおめにかかっていない。
 しかし、古座川の水害以降壊滅状態になっていたものが、ここまで回復したのはうれしいことだ。

 写真は毎年アワビが待ってくれている穴。此処には子どものころからずっと通い続けている。

 6月 2日 準備中

 4日に開かれるアウトドアフェスティバルの通夜島探検ツアーは32名で申し込みを打ち切るという話だったが、手違いで41人受け付けてしまったとのこと。10人ずつ3名のガイドでとの予定だったが、全体を二組に分け、メインガイドと補助ガイドでの対応とすることになった。今回ほかのスタッフはつかないということで、携帯トイレも私が持っていく羽目になった。

 通夜島には先月一度行ったきりなので、ガイドネタを仕込むのにあれこれ工夫をしている。コースは決まっているので、どの場所で何を話すか、何をして遊ぶか。

 6月 1日 生活相談

 朝早くから来客があり、請願についての相談。いくつかアドバイスして協力を約束する。朝から新宮市へ紙誌代金の納金に出かける。11時半に回転ずしに入ったら、ほかに客はいなく貸し切り状態。

 午後から歯医者にでかけ、その後串本へ生活相談を受けに行く。串本病院に関する意見で中々根は深い。持ち帰って調査を約束する。

   
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